2015年12月19日土曜日

身体は痛みから逃げ出す

不思議な感覚がやってきた。


骨を正しい位置に整える。

それだけにアクセスしながら

ワークをする。


骨を正しい位置に戻すためには

その周りの筋肉の緊張を緩め、

あっちむいていた骨を

こっちに戻し

そっち向いていた骨を

こっちにむけ、

無意識のうちに

あっちゃこっちゃ

鳥散らかった意識、

過去の体験だったり、

過去の感情だったりが

つくりだす考え通りに、

あっちこっちむいている骨の位置を

ただ、動かしやすく

360度どこにでも動ける位置に

もってくるだけだ。


でも、それは

まるで自分の身体を

自分のものにしていく作業のよう


誰かの考えや

昔の出来事や

誰かの判断に預けけてしまった”ある部分”を

こっちだよ

帰っておいで、っていうみたいに・・・




自分の物になった身体は柔らかい。


というか、柔らかい、という言葉すら

考えすら、なくなる。


折り畳み傘が。きちんとたためるように

骨がいい位置に来ると

ただ、身体がたためる。


骨なりにたためると、

身体はコンパクトに小さい


それだけの感じ


ヨガをする意味あるのかなあ・・・


これがあれば

ないんじゃないの?かな・・・



目は足首、膝の位置、方向と関係がある。

かかと、坐骨、肩甲骨の位置は耳と



骨の位置がよくなったら

今は、それを覆う

筋膜のよじれ、縮み、開きすぎに

意識がいく


そして身体は画期的に変わった。


先日、こんなことがあった。


近頃、友人の間で評判の整体師さんが

あるきっかけで私の身体に触れた。


疲れてますね・・・

はい、よれよれです・


そして、何度も何度も整えてくれた。

何度も、何度も。。。


最後、これで終わった、という感じがあった。


私の目から涙がこぼれた。


私は、”これは困る”と思った


”この場所じゃ、(この身体の位置じゃ)生きれない・・・”

私は、そういった。


そこからは、もう嗚咽。


人が聞いたら、笑うぐらい

わが息子君の表現だと

アヒルみたい、に泣いた。


その涙が身体にある事を

私は知っていた。


でも、泣いてはいられない

生きていかなくては。


それが私の毎日だ。


その場所に自分が立ってしまうと

全ての思考は止まり

なんにもできなくなる。


”人って、ほんとに胸にしまうんですね・・・”


その整体師さんは言った。


そうだねえ・・・

もうないから。


きっと私の母も、

今までであって来たお客様も

ちょ~いやなあの人も、この人も

みんなどこかで

こんな喪失感を抱え

生きているのかもねえ


さあ、これから

どんなふうにお客様と、

誰かの身体と、

その人の本質と

出会っていきましょうか?


そんなことがありながらも

それはそれ、で

私の毎日が動いていく。


その場所が開くときは

真夜中、とか

日中車を運転している時、とか

ふとした瞬間に

そのことを考える時、

でも、それはそれ

無理して、涙を止めようとも

考えを変えようとも思えわない。

ただ、ほっとくだけ・・・


だけど、今日

自分のワークとして

その場所をあけてしまった。

つまり、

身体の位置、としてわかってしまった。


それは、まさしく

自分の”核”とつながりはじめた証、

のような予感。


そうしてワークをつづける。


すると、

小学生のころけがをして縫合した

右手中指の指先から

足先までつながるラインが

どっかにいってるのがわかった。


あ、こんな小さな傷でも

そこから全身につながるラインが

全部消滅してる。


どうやって戻そうか


そしてあれこれやる。

戻ってくる


油断すると

また消滅する。


そしてわかった。


身体は痛みに弱い。


身体は素直。

身体は楽しいのが大好き。

そういって

身体賛歌をしてきたけど

身体は痛みに弱かったのだ。

そして

私達が気づいていようが、いまいが

痛みから逃げ出そうとする。


私の身体は

ずっと、

この中指の先端にある

縫合後の違和感が気持ち悪くて

逃げ出そうとしていた。


それを受けて他の部分は、

まっすぐ歩くために

帳尻を合わせている。


これじゃ、身体の中に

”まっすぐの息の通り道”が

つくれない。


どうすんべ?


そうしてわかったのです。


その痛みを受け入れる事。

その痛みさえ、

身体をじぶんのものとするように

自分の物として

受け入れてあげる事。


それから、


意識を外側の世界に開き

今、生きる事に

集中していく事。


これで、痛みも消え、身体は整った。


痛みは消える。

消えるけど、

すぐもどってくる。

もどったら

また受け入れてあげる。

そんな風にワークを進めた。


そうか、

人は、こんな風に

忘れているような小さな傷や

心の傷からも逃げ出して

身体を作っているのかもな。


いや、きっとそうだ。


こんな小さな傷

どうってことない傷でも

いつもいつも

身体はそこから逃げだそうと

普通にしてる。


だから、考えが生まれるのね。

なんか引っかかりがあるもんね

これは・・・


そうなんだ、

考えは

痛みから逃げだすために

作られただけなんだ。


だって、痛みが消えた時の身体は

考えが浮かばない。


感じるだけ、だもんな。


痛みがあって、

身体がその痛みから

逃げ出したくなる。


または、

逃げ出す方法を探す。


探して、自分を納得させなくてはいけない


だって身体は痛いのが嫌いだもん


人生も同じかもしれない。

痛みがあって

その痛みから逃げ出そうとする自分

それを正当化しなければ

人は歩めない。


だから、正当化する理由を考える。

哲学だって

宗教だって

人智学だって

きっと、

そうやって生まれた、のかも・・・


そう思ったからって

何がどう変わるのか

今の私にはわからない


ただ、考えって、そうなんだ、って


そうして中指先の痛みを

自分のものにして

全てが整い

自分の”核”となる場所にたつ。


かなしみも引き受ける

悲しみも私のもの・・・


すると、そこに・・・

そこに

そこに

そこに...は

音楽が・・・

私の音楽が流れていた。


そんなワークができるようになりました。


もちろん、

受けられる方は

時間がかかることでしょう。

でも、その価値は十分あると思います。

それができれば

怖いものなし・・・ってきがするのです。


また、そんなふうに

交通事故後の傷とか、

実際的な何かの傷の後遺症に

悩まれる方にも

このワークは有効な気がします。


われながら、

すごいとこまで

掘り下げてきました。


神様、ありがとう・・・


あなたも、

自分の”核”に流れる音を

聞いてみませんか?




骨を正しい位置に整えれば

全てが変わる

”PHYSICAL METHOD FOR BEING"

お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

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