2016年1月25日月曜日

脳はかかとにある。

ひたすらカラダの歪みを整える日々。


今、私は、

生まれてきてから今に至るまで

様々な出来事、体験の中で

閉じてしまった筋肉の場所を

確実に開けている。


そこを開ける、

何があったのか、

何を思ったのか

もう覚えてもいないけど

そこには”言葉”

いや、

言葉にならない感情があるのがわかる。


だから、その場所をあけると

その感情が怒涛のようにあふれてくる。

でも、その感情に溺れる事はない。


余談だけれど 私自身、

インナーチャイルド

前世療法、ブリージング 等々

感情を解放させるワークは

なぜか、とっても苦手。


なぜかな。

それは私自身がするもので

他の人がするものではない。という想いと

私以外の誰かが

わかるはずもない、というか

この大切なものを

誰かのカテゴリーの中で

かたづけられたくない、という

とってもかたくなな想いがある気がしている。


だから、自分はカラダのことに

集中し続けるようになった。


ところが

そのカラダのワークで

感情があいてしまう。

でも、それにおぼれることもないし

判断はいらない。

だって、これはただ

カラダの左右対称を整え

自分の中に

”まっすぐな息の通り道”をつくろう、

とするボデイワークだから。



ある骨の場所を開けたと時に

あふれる感情

骨を歪ませているのは

思考より先に感情だ、ということがわかる。


その感情に沿って

カラダの基礎ポジションが作られている。


それらを解放し、

整えていくと

整えても

整えても

どうにもならない自分のカラダと出会う。


なにしろ、私のつむじはゆがんでいる。


こりゃしょうがないか、

と思いながら

私はその歪みがいやじゃなくなっていた。


なんだか、とっても愛おしい。


これが、私なんだ。


私はやっと私自身を

受け入れ始めた気がする。





歪みも、そこにある感情も全部受け入れた

これが、わ * た ⋆  し




そうしてある風景を思い出した。


ある夏、人影もまばらな砂浜で

ちょっとぽっちゃり目の白人男性が

砂浜に上半身だけおこし寝そべって

砂のおうちをつくっている。


その作り方がとっても美しい。

砂をにぎり、さらさらと

丸めた小指の隙間から落ちる砂を

ながめながら

すなのおうちにかけていく。


水着を着た彼の筋肉は

ぜんぶ重力にむかって

たれさがっている上に

繊細さとやさしさと、

はにかみがあらわれて

カラダはくねくね

幼子のように歪んでいる

けれど、どこにも力みがない 

なめらかなライン

”だから、こんな美しい砂のおうちが

出来上がるんだ・・・”


そうなんだ。

別にまっすぐじゃなくていいんだ。


そんなことを思いながらも

やっぱりマイワークは

まっすぐな息の通り道を目指し

進んでいく。


だって、その歪みの場所に

何があって、なぜなのか知る事は

とってもとっても

おもしろいから。


そうして今日

なんだかとんでもないことが起こってしまった。


カラダを整えていく


カラダというのは

空気がはいった一つの袋みたいで

あっちがへこむと

こっちがとびでて

こっちがとびでてると

あっちが縮む。


私の身体の感覚は

どうしても左側の感覚が薄い

というか、

身体のある部分が消えて”ない”という感じ


それを取り戻そうとする、と

どんどんどんどん

左脳が身体の外に押し出されて

左脳が袋の外に出ていってしまった。


うん?

これじゃ困る。

何が起こってる?


そうか、左脳は

わかっていること、

言葉や思考、概念

つまり

この世界にある

誰かの考えを受け止めできた。


いま、わたしは

そんなものとっぱらって

カラダの声

私の声を聴こうとしながら

カラダをまっすぐ整えようとしている。


ということは

この歪みのもとは

”左脳社会に適応しよう”とした

結果かもしれない・


だから、身体が整ってくると

そんな左脳をおしだしちゃうんだ。

”人のものはいらないよ~”みたいに


でも、これじゃ左右バランス取れない

これじゃ、左が空白のままだ・・・


じゃ、左脳はに何に使うんだ!!


するとからっぽの左脳が

自分の左頭蓋骨のまわりを

一巡したみたいに

ぐるっと下からかえってきた。


なにをするのかもわからない

からっぽのの左脳。


君は何をしたいの?


すると左脳が右脳と話し始めた


”君はこう思ってるんだね

”君はこうしたいんだね”


このあたりになると、

もうよくわからなくなるんだけど

”あ~、こうやって

 世界とのかかわりがあって、

 こうやって測量術が生まれ

 単位が生まれ

 名詞とか言語ができたんだ”

 って、感じがあった。


 え~と、ようは

 今まで使ってた左脳は

 わかっているものから

 物を考えようとしたんだけど

 からっぽになった左脳は

 からっぽのまま世界と出会い

 そこで世界と出会い

 何かを生み出そう、としている感じ。


それは、とっても面白い感覚だった


今まで、左脳は誰かに汚染されてたんだ!!


そうして頭蓋骨の中はからっぽになった


うん?

じゃ、脳はいったいどこにあるの?



そうやって脳の場所を探していく

カラダが歪まず

身体の中に

”まっすぐな息の通り道”をつくるため

一番シンプルで、

カラダが無駄なく、心地よく動く

脳の場所。


それは、なんと”かかど”でした。


”かかと”か・・・


そういえば、

かかとがあるのは人間だけだ。


そうだよね。

二本脚歩行するために

かかとができたんだもんね。


そうだよね。

赤ちゃんは頭が一番大きい。


それは天からの叡智

そのものをもって生まれてくるから


生きるとは、

それを身体におろすこと。


そのために

生まれてきた。


そして赤ちゃんにはかかとがない


それをからだにおろすため

人は歩き始め

人間として、を学ぶ。


そのためには

カラダに脳が必要。


頭はからっぽがいい。


頭の脳を限定させているのは

頭の脳を誰かに汚染されていく事なんだ。


頭の脳は神様とつながっている。

だから誰にも汚染されてはいけない。


かかとに脳があれば

誰からも汚染する事はない。

し、

かかとに脳があれば

カラダは何と自由自在に動くことか

ということで

長くなりましたが

”脳はかかと”にあるはずなのです。


かかとに”脳”がある、と

思った わ ⋆ た ⋆ し
























こんなことを言っている人は誰もいない・


でも、私は自分のワークを通して

脳は”かかと”にある、と実感する。


これから、これをひろめていかなくちゃ。


だって、多くの人の左脳は汚染されている・


特に、子どもたちの身体の歪みは

かなりやばくなってきているから。



長文読んで下さってありがとうございます。

よければお試しに

何か行動したり、思ったりするとき

ぜひ、かかとで思って、

かかとから始めてみてください。


あなたのカラダは、きっとらくになることでしょう。






PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る

 ”PHYSICAL METHOD FOR BEING"

お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

0 件のコメント: