2016年2月17日水曜日

やっぱり~脳なんかないじゃん

昨日、お風呂の中でワークを終えた私は

思わず叫んだ?

”やっぱり~脳なんかないじゃん・・・”



これは多分、偉大な発見である。


ねえねえ、いったい誰が、

この頭の中にある

食べると美味しいであろう物体から、

全ての指令を出している、

といったのんだろう。


もし、それが間違いだったら

どうするんだろう。


いや、それは絶対間違いです。


ワークをしていると

そこが邪魔でしょうがない。


そこは、言語がつかさどる。


言語は、感覚を限定する。

言語は考えを生む

考えはいつも今より少し遅れる。


今,私は犬を飼っている。

犬はとても感情が豊かで

言葉はしゃべらないけど

いっぱい話しかけてくる。


ねえねえいこうよ、

って言う時は服を引っ張る、

どうしたの?

って私を見る。

お散歩に行くと、

こっちにいきたいよ、

とか、

そっちにいきたくないよ、

とかちゃんと態度であらわす。


そういうのをみていると、

いったいいつ、

初めての言葉が生まれたんだろう、

それはどんな言葉だったんだろう、

と思う。


多くの哺乳類動物は

その動物にしか聞こえない

おしゃべりをしていて

その世界を共有しているという。


それでよかったのだ。

それでわかりあえた。


自分のことを

全部自分ですれば

言葉はいらない。


なのに、伝えなくてはいけなくなった。

それは、わかりあえなくなったことを表している。


それは、自分のことを

誰かに伝える必要性が生まれた気がする。


そんな動物はいない。


ということは、

そこに上下関係

使われるものと

使うものの関係、

または

縄張りから生まれたんじゃないだろうか


犬だって、自分で暮らしていれば

好きな時に走り

好きな時におしっこし、

好きな時に食べ物を探すだけだ。



そんなことを思ってしまうくらい、

私達にとってなくてはならない言葉が、

スコ~ンと何もなくなり

この世界に広がりそうなカラダに重さを与える。


特に頭。


でもね、よく考えてください。

身体をまっすぐに保とうとしたら、

頭に重さがあったら難しいでしょ。


重さが地面から遠くなればなるほど、

まっすぐを保つのは難しい。


で先日発見した

お尻の穴と声帯(口)はおへそのふた

というのに集中すると、

やっぱりその方が、がぜん、いい感じだ。


やればやるほど、

どうしても頭の脳がなくなる。


さらに、脳がかかとにある、

といった私の発見でやると、

モットカラダが整う。


そりゃそうなのだ。

重力に対し、楽にカラダを調整するなら

重力に近いところのほうが

誤差がなくなる。


もっというと、

カラダに対し

指令を出す場所はかかとのほうが

絶対にいい。


でも、この世界を受け止める場所は?

それは、円の中心だ。


そしてフラクタルマインドのごとく

円はカラダのあらゆるところに

存在し、そこここで、世界を受け止めている。


よく見てください、

指紋の中心

耳、

目、



おへそ

大たい骨の付け根

膝、

かかとの中心・・・

その中心情報が、全て一点に集まり

それらすべての中心となる場所が

頭の脳なのだろうか?


それバランス悪いでしょ。

絶体的に・・・。


そうやって

自分に疑問を投げかけ

その両方をやりながら、

気が付くと

私のカラダは

目と、耳と、鼻と、口と、手足の指先

だけになった。


”やっぱ~、脳なんかないじゃん”

もぅ~~~って感じだ。

これが素直な感想だった。


そうして、

そうかそうかと二つの事をおもいだした。


一つは

なんとか自分の音痴を改善しようと

もがいていた日々


音の高さ、

ドレミファソラシド

音と音の感覚


なんでそれが私にはわからないんだ

音の高さって何なんだ

CDから流れてきている音を

ひろいあげようとしても

どうしてもわからない・・・


そんな日々が続いたある日

(とても長い期間です)


ただ、カラダを開いて

何も考えず

その音を聞いた時

”な~んだ、ただ聞こえてるじゃん”

”な~んだ、ただ高さがあるじゃん”

今までは何だったんだ!!

と、あほらしくなったことがある。


そう、何も考えず

ただ聞くと

高い音は高いところに響き

低いところは低いところに響き・・・

ようは、

ドレミファ・・・という情報をはずせば

ただ、

音は音なりに

カラダに響いて繰る場所が違ってた


たった、それだけのことを

音楽として、

ルールがあるものとして

聞いているばかりに

わからなくなって、

こんがらがっていて

要は、もっとシンプルに

ただカラダに響いている音があっただけ、だった。


その時から私の耳が開き始めた。


それまでは?

ある情報を介し耳を使っていた。


あ~人って、

ちゃんと聞いていないんだな・・・

という実感。


そして、いま

さらにカラダが変わり

私に聞こえる音は

もっと変わり、

いい時は

音そのものに

カラダ事なることができるようになった。


もう一つは、

写真に挙げたお子さんのカラダのケアをしながら




















初めて会ったときのYちゃん。

これが彼女の日常になってた。

首、肩、腰、

いたるところが痛い。


このキチンと立とうとする感じ。

誰かが教えたよね。

そんな必要あったのかな。。。


現在5回目 週に一度

必要なセラピーのほかに 

お歌うたったり

鼻くそ飛ばしあいしたり

ゴロゴロ転がったり

おへそをくすぐったり・・・


ただ、身体の中心そのものがずれたまま、

まっすぐ、ときおくしてしまったこと

使っている耳や目のかたより、

そこで固定してしまった筋肉の痛みがあわさり、

じかんをかけての改善となっている。


でも、神奈川で小児科

とある人気のお医者さんは、

彼女の人生に、何らかの理由でこれが

ひつようだったんでしょぅ、という診断以外は

特に何もしなかった、という。


この逗子、葉山かいわいで人気の

整体やさんは、

???首を傾げたまま


でも、これじゃ

日々の生活はほんとにつらい、と思う。


じゃ、お医者さんてなんのためにあるのかな?


で、ひょんなことから

私がかかわるようになった。

だって、このままいったら

あっちこっち

おかしくないところまで

おかしくなっちゃう・


今の彼女。








                               











この胴体、下半身のひろがりをみてください。



始めての時のお顔


















                           
今の彼女                                                                 


















ずいぶん改善したでしょう。


特に、頭のてっぺんの引っ張りがないでしょう。

彼女はそこで一生懸命世界を受け止めようとしていたの。

でも、そこで からだを扱うのは大変だよね。


何より おかあさんが喜んでくださったのは

明るくなったって。

よく笑い、よく歌う。

学校にもひとりでいけるようになった、って

それまでは、毎日送り迎え。


それは、やったことのある人ならわかるけど

簡単じゃない、ことなんだ。



話は戻って、

先日、この彼女と

学校でやっていることも

もっとカラダでできるようにと

一緒に九九を暗唱してみることにした。


そのとたん、

九九が彼女の頭の中だけで

まわりはじめたのがわかった。

そして、私もそうだった。


二人で歌ってる時

おしゃべりしている時とは

明確にからだの感じ

声の響きが違う。


そしてわかった。

そうだよ、そうだよ。

九九というのはきっと、

誰かが発明して

その人は、もう、、

この発見にクラクラし

世界が、すべて、かわってしまった、

はずだ。


だって、すごい考えだ。

モノゴトをひとつのふくろに入れ

それが3つあるから、

いくつになる・・・



いきなり、平面=2次元が

立体=三次元、

四次元になったぐらい

世界をひっくりかえす発想だ。


それは抽象・・・・

イメージの力が必要。


それをみつけた人は

きっと、身体を使い

たとえば 重たい皮の袋の中身は

何個あるかを、

毎日毎日数えて、

ひとつづつ数えて

結構大変で、

ある時 

???!!!

10個ずつ入れれば

もっと簡単に数えられる、

って、

何個も並んだ皮の袋を見て

そうだ、そうだ、と思いついたんだと思う。

そして、それを、

誰かに伝える必要があったから

記号が生まれた。


そこには、

その皮の袋とか、

わけなくちゃいけない人の顔とか

袋の大きさ、重たさ、とか

いろいろいろいろのイメージがあって

その結果、

ひとつの抽象にいきつく、

という過程が

しっかりと身体に

はいっていて、

誰しもが納得できたんだと思う。


でも、私達が学校で習う九九は

その必要性も、困ったことも

助かったこともなく

ただ、覚えていく。


これが 頭だけに働きかけていく

ってことなんだと思う。


数字だってそうなんだ。


大体、あるものを勝手にとって

食べてるだけなら

数える必要性はない。

無尽蔵にあるなら、なおさらだ。

数字なんて必要ない?

気がする。


はじまりと終わりを理解し

数を数え

わけたり ふやしたりする

必要性がうまれたのは

ないものを

わけなきゃいけなくなったから、

じゃ、ないだろうか?


そう思うと

人間の進化って、

もしかしたら

いつも足りないものを

どうしよう、って

ところから生まれてきているきがする。


そういえば 

アニマンダラさんという方が

負け組進化論 というのを

提唱していて

”エロスワーク”のえるぅかさんが

わたしの身体観と

その方の話がつながるって

ご紹介してくださったのだけど、

やっぱりつながりすぎるくらい

つながって、

聞いてみたいことが山ほどになってくる。



それとは別に

私はとても静かな気持ちで

シュタイナー教育の真髄が

やっと、わかった気がした。


シュタイナー教育では

ある概念を、

ただ覚える事に

とても注意を払っていて

それは言葉でも、数字でも、計算でも

なんでもそうなのだけど、

例えば、数字だと

ほんとにドングリを使って

数えるところからやる。

足し算も引き算も

どんぐりをあっちに移動させ

こっちに移動させ


明確にそのことが体験として

その人がそれを発明した時と同じような

喜びや感動ともに、

カラダに入ってくるように・・・

教師がはたらきかける。


そしてさらに、

カラダを使って

リズムや、音 動き とともに

なんていうのかな

覚える、をこえて

訓練としてカラダにいれてしまう。


ようは、覚える、

カラダにいれる、ということは

考えなくても

反射的に

それができてしまうみたいに

つまり、それが自分の一部と

なるまで入れる。


 同じようにして

シュタイナー教育では

あらゆる概念を子どもたちに伝えるとき

すべての概念、

例え、どんな素晴らしい概念でも

それらは、すでに死んだもので

けれど、こどもたちが

この社会を生きていくのに

その死んだものを学ぶ必要があるから、

それらを、子どもたちに与える時

答えを一つにしない

そのことに関する

あらゆるイメージを子どもたちに伝えなさい、

できるだけ多くのイメージを与えなさい、

と言っているの。

なにより、先生は

そのことを知った感動を子どもたちに伝えなさい

その感動が、子どもたちに魂に働きかけ

死んだものが死んだものでなくなる、

そして、何かを人に伝えるときには

それしかない、と言うような事を言っているの。


 だから授業は芸術でなくてはいけない、と。。。


つまりは

いま学校で行われている

"脳”にだけ働きかけ、

覚え、知っていく事は

危険ですよ、って

その後、どうなるかも予測しているの。


ほんとに、そう思った。


 その懸念をふくみながら、

言葉の発達、

聴覚の喪失、

数学、数字、理論の発達は

なんだか

主従関係がうまれないと

必要があったとは思えなくて

もしかしたら、

人々はどんどん

奴隷化されて

進化してきたんじゃないだろうか

とも思えて来てしまう。


レジの横で

お金にさわらない仕事

こんなに私達の人生を左右する

お金なのに

機械がそれにさわり

人間がみている・・・


それは 何かが変だ。


でも、大丈夫。

私が、もう見つけた。


世間は”脳ばやり”だ。

このブログを読んで下さったみなさんが

そこにのるか、のらないか


私は明言します。


頭の中にある脳は

ただのカラダの相似形なだけで

たまたま、

それをみつけて感動した人が

言い出しただけで

たまたま

それにのっかた人が

そうだ、そうだ、といい

人類は進化しましたが

いつか

それが間違い 

だとわかる日がくるでしょう。


全てを記憶し、

思考をつかさどり

カラダに指令を出す場所が

"脳”だと言うなら

身体全部が"脳”

あらゆる場所に

"脳”が、中心が存在します。


さあ、このブログを読んで下さった方

私の話に共感してくださるなら

今すぐ頭の脳をからっぽにしてみましょう。


そう思えばすぐそうなります。

カラダはそういうふうにできてます。


でも、私しゃべれたよ。


言語野、つかわなくても

しゃべれた。


それが訓練だと思うの。

今まで習った必要なことは

もうカラダのはいっている。

そこを信頼して

それ以外のことは

捨てていきましょう。


私も今からTRY!!


いきますよ

TODAYS  LESSON 


ごじぶんの前頭葉から頭頂

頭蓋骨の丸、の上側をよ~く触って

1,2、の3~で

”頭の中はからっぽ~”って

三回、自分によく聞こえるように

手で、今までの脳をけしさりながら

今すぐ、やってください。


はい、

やったあとの気分は、いかがですか?

 では、よい一日を



 Physical method for being 

限定5名 養成講座 (1年間 月に一度 土日コース)

参加者募集中 *残席 3名

詳しくはこちら

平日コース 月2回 水 10:00~14:00 1年半コース

参加者募集中  *残席4名 



3月13日 ヴィーナスラインエロスワーク At 葉山

 
参加者募集中  詳しくはこちら


                   

                 















アーテイスト ミラクル結実子 のライブ情報















”がらくた7”

2月26日(金) 21:00~ 

横浜 いいじ~☆ライヴ

2月27日(土) 14:30~ 16:00~ 

逗子海岸 アマーレにて

”集まれ50代 ミラクル結実子 BDライブ”
    
⋆もち50代じゃなくてもOKです

がらくた7のすべて・・・・だしつくします!!


 











新生 YUMIKOの52歳 おいわいしてね。

ライブチャージ ラブドネーション + ワンオーダー

当日は  マーヴィーの

おいしいごはん&スイーツ&ドリンク

がおまちしています。


ある日のマ―ヴィーのご飯



















3月6日(日) 横須賀 そよ風ライブ
 
















このらいぶは、

多分、私がバンドをはじめた5年前から

何度かであい、とても楽しそうに

踊ってくれた 

音楽だい好きダウン症の 

子どもたちのバンドライブを

お母さん達が企画したものだ。

いつか、いっしょにやりたいね、って

こんな形で実現するなんて

おもってもみなかった。

きっと、どこにもないなにかがあるはず。

おじかんある方は、ぜひ!!


 3月10日(木)横須賀   Younger Than Yesterday 
                 
”フォークナイト”
              
*がらくた7がフォークを歌う?
                       
あるある、新曲が・・・御楽しみに 
             
OPEN 19:00  START 19:30  MC:\1,000
 

出演: TOMO&HAL / めだか with 富塚和彦、

    がらくた7、馬越靖乃 / 他             

       
 3月24日(木)横須賀  Younger Than Yesterday
                 
 ”アコースティックナイト”
            
 OPEN 19:00 START 19:30 MC:¥1000
             
 「アコースティック.コミュニケーション」!


こんなこといってる

ミラクル結実子のらいぶは

めっちゃたのしいから・・・・

ぜひ!!

                         


    





PHYSICALがMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る

”PHYSICAL METHOD FOR BEING"

お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

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Yumiko Miracle さんのコメント...
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