2016年10月31日月曜日

身体の中に聖なる身体がある。

身体の中に聖なる身体がある。


まっすぐな息の通り道を身体の内に作ること



なんとか自分の音痴をなおそう、

とはじまった私の身体探索は

まっすぐな息の通り道を身体の内に作る事に

焦点をあて行われる。


なんでそう思ったのかな・・・

物理的に声を出す時

その方が効率がよく

自在な気がしたからかな。

そんなある日、

私は自分のおへそが曲がっていることに気づき

愕然とした。


おへそが曲がってる!!の発見から生まれたP.M.B.


”へそ曲がり”とはよく言ったもんだ

だから、私の人生はややこしいんだ・・・

ものすごく納得した。

そして、真剣に

おへそを真ん中に戻そうとしてみた。

なかなかもどらない。


あっちがもどれば、

こっちにもどり、

こっちをなおせば

あっちがずれていく


なかなかおへそは真ん中にきてくれない。


そこをなおそうとするたびに

身体の内のいろんな歪み、滞り

存在すら気付いていなかった場所に気づき、

使っている脳の場所と関係する事がわかり

今のP.M.B.ワークへとつながる。


そして1年半


やっと、へそまがりの私のおへそくんは

真ん中にもどってきた。


曲がったおへそが戻る時


なかなか真ん中にこないおへそくんを

最後、真ん中に戻してくれたのは

身体は右図の5層からできているのでは?

という発見と、

その結果、その発見が

すべてをひっくりかえしてくれたことだ。

すると右図の真ん中、

核の部分はどこまでいっても空洞になった。


身体が教えてくれることは

私たちはその空洞に向かって

生きているという事


つまり、私たちの身体は

そのうちに空洞をつくるために

ある、という事だ。


すべてはゼロに帰るため


どういうこと?

何、それ?

すべて空、ゼロ、からっぽに還すために

私たちは生きているの?

なんてこと・・・・

じゃ、自分だと思ってた自分は何?

生きる意味、と思ってた意味でさえ・・・何?


ここで私の考え方も生き方も全部ひっくり返っていく・・・・


そうなんだ、

ほんとに

えらいお坊さんやブッダさんがいったことは

哲学でもたとえでもなく

本当なんだ…

こういうことなんだ・・・


体感としてこの事がわかったことはとても大きい


そして見事に私のおへそが真ん中にもどってきた。

はあ~~~~~~である。



聖なる身体になること


そうなってみてはじめて

P.M.B.がやろうとしていることは

”聖なる身体”にアクセスすることなんだ

と思った。


そう、さっきの図の第一の層”核”なる部分から生まれる

第一の層の身体。

それは、ちゃんと身体のラインを描き

”聖なる身体”だと

はっきりと見える。


そこにアクセスしない限り

”まっすぐな息の通り道”が身体の内にできない


なるほど・・・・


”浮上”する潜在意識、潜在身体


そんなことに気づくのと同時に

ここ最近それぞれの課題が

はっきりと浮き彫りになっている

養成講座にて

その”聖なる身体”にアクセスしようと

試みると、はっきりとあらわれたことがあった。


そこにアクセスすべくワークを進め

身体が下から整っていくとき

その奥にひそかに隠れていた

その人の潜在意識が

潜在身体として、

はっきりとその人にあらわれるのだ。


その潜在意識、潜在身体は

その人自身も自分の気づかぬまま

自分の”核”としていたもので

そのありかを、

そう、ちゃんとそれは身体のある場所に

それにふさわしい形として住んでいる。

そこが整うという事は

そこから追い出された形になり

結果として、表面に浮上する。


あまりにも明白に

そのことが現れてくるので

それぞれの人が

有無を言わさず

そこを見る羽目になった。


もちろん、自分の中に

最後の最後、何かが抵抗している感が生まれる。

その何かが、

身体のどこにどんな意識であらわれているのか

自分で分かる事は難しい

が、そこに第三者がいる事によって

何がその人に起こっているか、

そこにある言葉は何なのか

私たちはお互いの言葉で

捕まえようとチャレンジし

見事に捕まえることができたように思う。


ただ、その時に、

みんなが捕まえた言葉は

私からみると、

さっきの図に当てはめると

私から見ると

第2層の言葉が多いように思った。

(そうなのです。

さっきの図はいろんなことにあてはまるのです。)


第一層にある言葉は、

もっとダイレクトで

ある出来事の反応のまま、

のような・・・

だから行動につながる言葉で

感情の言葉ではないような印象を受けている。


そしてこの言葉が読み説けると

その人の問題の核心がわかる。

そんな言葉とともに

自分と核となっていた

潜在意識、潜在身体を手放すことが

とってどんなに怖いことかを・・・

養成講座のみんなをみて

まざまざと実感した。


それはまさしくの自分の崩壊。

今の自分の喪失・・・


最後の最後、その怖さが

その潜在意識、潜在身体を手放すのを

拒否しているのがはっきりとわかった。


それはもう

清水の舞台からとびおりるように

えいや~でやるしかない場合と

身体の使い方で変わる場合と

二通りあった。


養成講座は

そうやって清水の舞台から飛び降りた人

身体の使い方で変わった人

そうして

最後の最後まで

本人は飛び降りようとするのに

その手前で

次々と身体の奥深くに眠らせていた

潜在意識、潜在身体があらわれ、

身動きできなくなる人と三パターンにわかれた。


身体はなんて正直何だろう、という

おもしろさと、

この世界がその人自身に与える影響の大きさに

驚く時間だった。


なんにもない、こわさ

その後、私自身も、

改めて自分というものを見つめ直す出来事が起こった。

その中で

自分が”なにもない”ということを

知った瞬間に

それを知ってしまった、という傲慢さが

自分の中に顔を出し

自分のそばの小さなものを傷つけていく、という

私の癖がわかった。


そのル―プが自分で分かった時

まじ、本気で

生きるのがめんどくさくなった。

どこまでいっても

あほな私・・・・。

あほは死ななきゃなおらない・・・


それと同時に

たまたま

その何にもなさだけを頼りに

音楽にむきあっている

我が師匠の話を聞くことができた。

(もちろん本人はそんな風に話しはしないけれど

 師匠が話してくれる

 もう二度は繰り返すことのできない

 音楽の世界に、

 何度か得も言われぬ美しい世界があり、

 そういう瞬間にむけてだけ

 すべてのエレメンツを研ぎ澄まし

 我が恩師が音楽人生を歩んできた、と知った時

 それがそういう事だ、と私は理解した)


 それとは似ても似つかない自分

 すぐに、いい気になり上から目線になる自分

 何様のつもり!!

 穴があったらそこにもぐりこんで

 隠れていたい気分だった。

 ちょ~恥ずかしい・・・・

 
 師匠のようにぶれないで生き続ける

 そんなことできるわけない。

 あわよくば、とか

 これくらいわかんないだろう、とか

 もう汚れまくっている

 何かをすることで

 それがさらけだされるなら、

 もう、どこかに消えていたい

 こんな恥ずかしい思い二度としたくない


 そう思いながら

 そう思った自分が励ます

 でもでも、

 この先に

 そんな美しい瞬間があるとしたら

 あなたも一度でいいから体験したくない?


 そんな美しい世界のために自分を研ぎ澄ませていく



 自分はそこに向けて生きれるだろうか?

 ダメに決まってる・・・

 イヤ、ココ、最後の一線ダカラ、

 ソコ、乗り越えようよ

 自分が自分に言う

 養成講座のみんなと同じく

 清水の舞台から飛び降りて

 もう、何ももってませ~んと

 私はこれが私、と思ってたものさえ

 手放す決心をした。


 何もない、なんの力もない自分


 そうおもって

 自分の息子と向き合った


 母という顔も捨て

 ただ、一緒に遊ぼうって


 その恥ずかしかった事

 息子、なのにである


 もうこわれそうだった。


 そして、そんな私を気持ち悪がり

 邪険に扱う息子を前に

 私は嬉しがっていた


 まるで、あほ、である。

 
 まるで、飼い主にかまってもらえる

 ”犬”である。


 はあ~~~~~


 それが、ワ・タ・シ・か


 なさけない・・・・


 でも、まあ、そこで生きるしかないんだなあ.....


 聖なる身体はなんの力も持たない身体


 聖なる身体・・・・

 偉そうーに書くとそんな感じ

 それは=めちゃくちゃピュアな存在

 それは=なんの力もない小さき自分

 に戻ること。

 今まで無意識に身に着けていた

 こんな自分

 あんな自分

 こんな顔

 あんな顔

 全部はぎとって、何もない自分。

 その心細さを抱えたまま

 心惹かれるものに純粋に歩む。

 
 なかなか勇気のいることだけど

 やってみたいと思う、今であります。

 
 よかったら

 あなたも一緒にやりましょう(笑)

 そうすればきっと

 世界は平和になると、思います。


 さあ、ご希望される方は

 P・M・B・ワークを受けに来てください。

 
 もちろん、覚悟は必要ですよ。







PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。 この世界の全てのものは身体から生まれ、 あなたの身体の中に答えがある。 あなたが本当に変わりたいなら ”基礎ポジション”を変えるのです。 ”PHYSICAL METHOD FOR BEING" お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

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