2016年10月21日金曜日

ただ一点、そこが違うと全ては無駄なの~大宮WSより

ただ一点、そこが違うと全ては無駄なの~大宮WSより

10月20日、まだ小さいお子さんがいらっしゃる中

大宮WSに参加してくださったみなさんありがとうございます。

今日は、自分のためにもそのまとめを・・・


それぞれの課題

参加者は3名。


一人は、カラダも心も全てバランスがとれ、

この世界にたいし、心もカラダも開いている

なのになぜか、強烈に私のワークに惹かれているTさん


一人は、もっと自由になりたい、という願いは持ちながらも

無意識に。人前で何かをやるなんて大の苦手だし、みられたくもない、

もしもみられるくらいなら、なかったことにしてやるぐらい強く思っていて

何かをやろうとするとあちこちが硬くなり、

何より、一瞬にして目を伏せ、見られている身体になり

見られているからこそ、(誰もそこにいないのに、だ)

考えながらちびちび身体を動かすようになるNさん


前回、Nさんに初めておあいした時は、

普通に暮らしてはいるものの

自分なんかみたくもなくて

だけど、こんなままじゃ何かがへんで

もうどうしていいかわからず

ココロも身体も、泣きだしそうになっていた。

(すべて私の受け止め方です)


そのNさんの身体と心に元気があふれ

良かった、と思う私。


もう一人は、

ご自身もセラピスト、ダンサーとして活躍し

どこに行ってもそれなりの存在感と存在場所をつくりだし

たくさんのファンもいる、

けれど、どこか深いところで自分に納得しきれていなくって

その納得の無さを、思考を使い必死で解明しようとしている。

身体的には、実は様々なコンプレックスを抱え持っていながら、

私の事、私のワークのことをとても信頼してくれて

思考より、カラダだ、と、現状を打ち破ろうとしているのだけれど、

私の感じでは、全てはニアミスでその本質になかなかいかないAさん。


そのAさんの状態を

私のように、”問題”がある、と認識する人はほとんどいないと思う。


自分の意志はちゃんともってる

身体的にも少々の硬いところはあっても

しなやかに美しく踊る、どころか

人によってはうっとりするくらい美しく踊られる


でも、音痴だ。


致命的に音とリズムがとれない。


その音痴も、

無邪気なこどもが根源的に音を間違い

でも大声で元気よく歌う、という音痴ではなく

声がどこにも響いていない

つまり

自分の世界とこの世界に断絶があり

ココロも身体も自分の世界にこもってまま

この世界とずれている事が”音痴”という形であらわれている。


自分が”音痴”だった私は

それがどんな状態かよくわかる。


わかるからこそ


彼女がどんなに人々に認められ素敵で

自信にあふれ、この世界を肯定していても

その最後の一点で、

彼女がこの世界を怖がり、

その自分をどうしていいかわからず

彼女の本質が、この世界に受肉していないのがわかる。



誤解なきよう、音痴だからそうだ、というのではない

あくまでも彼女の場合であり、

私の場合、そうだった、という話だ。



そこには”誰だって苦手なことあるよね”ではすまされない

大事な大事な彼女の課題が潜んでいる。


だから、2年前のある日ワークしてみよう、となった。

でもなかなか変わらない。

そして今、となる。


そう、想像していたより

彼女の”それ”は

彼女のずっとずっと深い深いものを

表している。


私のワークとてそういうこともある。


そういうところに触れているワークだからこそ

そこを”なし”にして何も語れない。


だから、受けに来なくなる人もある。

もちろん、はなから、伝わらず受けに来なくなる人もいるけど(笑)

そこは触れたくない、と受けに来なくなる、

どころか拒絶する人もいる。



頭蓋骨...上と下は全く違う役割なのです。


そんなバラバラの課題をもつ三人の方と進めていくワーク


今回は頭蓋骨の中、

蝶形骨から上と下は

誰もが同じ頭蓋骨の一部、として捉えているけれど

その役割が全く違う事と

分けて感じることが大事なこと

ぞの時、脳のポジションをどこにおくのか、をお伝えする。


この脳のポジションを変えるのが、なかなか難しい。

みんなどうしても

考えてしまう場所にいたがる。


いち早くぬけだしたのはTさん。

そこからTさんには、

もっと自分の可能性を広げるべく

身体を立体的にとらえること

プラスしたい感覚を伝えていく。


それは人生の話なのです


実は。これは身体だけの話ではなく

A地点からB地点、

そこにいくことが大事ではなく

どうやってくのか

B地点につくまで

どんなことが起こり

何を感じ

どんな景色があり

どんな感じがするのか

それが”生きる”ということではないか

という人生の話しであり、

ワークを通して

そういうことを感じられる

身体に変容していただいている。


この一瞬で全てが変わる


何かをしようとする瞬間、

見事に自分を閉ざし、ここにいなくなるNさん

何かをしようとしたとき

マックス前頭葉から発信するNさんには

ほんとにがんばって、とワークをした。


ここが踏ん張り時、

この一瞬、目を閉じないで

負けないで

こらえて、


体験した方ならきっとわかるけれど

その一瞬、

ずっとずっと人前で何かをする瞬間

恥ずかしさで目を閉じていた人が

目を開けていることは

ものすごくエネルギーを必要とし

居ても立っても居られないくらい怖くって

勇気のいること。


でもそれができれば

全てが変わる。


それをやらずして

ヨガをやっても

歌をやっても

または、そんな自分をなかったことにして

自己啓発をやっても

全く意味がない。


ただ、その一瞬

それができれば世界は変わる。


身体、意識の手ごわさ



そしてNさんは、がんばってそれをやった。

それから見事に

身体が凍り付いた。


そう、頑張って目は伏せなかったけど

これはもう、死んだふりしかない、

と、全身が凍り付いた。


ね、おもしろいでしょ。


身体ってかしこいんだから。

その人の持っている意識に従って

ありとあらゆることを思いつき

一瞬にしてそれができるんだから(笑)


そして見事にNさんの身体は

ここにいることを

全面拒否した。


だから、またまた私は声掛けした。


大丈夫、怖くないから!!


そうしてNさんに

今、無意識に身体に何が起こっているか、を説明し

そうならないためのワークをし、

最後の最後、

脳が、ここが最後の砦、とばかりに

身体に降りることを拒み

前頭葉にはりつこうとするのを

”もう~~~~~~もう~~~

 こんなのいらないよ~~~~


 きみは、ここ、ここ

 私はここ、ここにいるの!!!!”

と私が叫び(笑)

続いて

みんなでやろう!!と、

みんなで

””もう~~~~~~もう~~~

 こんなのいらないよ~~~~


 きみは、ここ、ここ

 私はここ、にいるの!!!!”

と叫び。

まじめにTRYした。


真面目に大爆笑である。


Nさんも大爆笑して・・・

その瞬間

Nさんの意識が身体に戻った。

すかさず、

”そこ、そこ、そこでいいの

 そのままやってみて”

と、Nさんは見事

自分の壁を乗り越えたのであります


ね、笑うってすごい大事なの

でね、出来てみたら

なんてことない当たり前のこと

普通のことなのに

何かがこんがらかって

Nさんの場合は

人前で、何かをやろう、ってするときに

そうできなくなっていたの


その後の、Nさんは

多分人生で初めて、というくらい

自分の身体そのものと出会い

とてもピュアで美しい動きをしていらっしゃいました。


そしてAさん

Aさんは一見できているようにもみえる

けれど、何かが違う


人が何かをするとき

必ず、それを指令している場所がある。

その場所を”自我の居場所”と

私は言っている。

Aさんの場合、

その自我の居場所は

前頭葉ではない。

ないけれど、

思考の中にいるのがわかる。


どうしてわかるか、というと

指令する自我

指令される身体があるとしたら、

指令のほうが強く

それに身体の方が

ついていっている感じで

身体主導ではない。


だから、

微妙に感情が大きい。


身体から生まれた感情ではないから

なんだか微妙に大きいし、

なんというか、

何かが”生きていない”のがわかる


私はそこを見逃さない

だって、このワークは自分と身体をつなげるためにあって

上手に動くためにあるのではない。


でもなかなか変わらない


そういう時は声を出すと

もっと、何が起こっているかわかる。


やはりAさんの声は

どこにも届かない。


だから、声を飛ばすワークをした。


補足すると

”声”を出すのも運動だ・

運動の結果”声”がでる。

そして、その声に

その人の内側の状態全てが現れる。


だから、P,M,B,のワークでは

”声”を使う。

それは発声練習なんかではない

”命”の宿る声を出す。

だって、

人は何かがあるから声を出す

まずは相手がありき、目的、命ありきだ。


発生練習のための声なんかだしたら、

そのとたん

そもそもの動機がなくなり

”声”は命を失う。


なのにまじめなAさんは

無意識に”声”の訓練だと思い

まじめに”声”を出し続け

全部外れる。


この方程式がわかるかな・・・

声はその人の内側の全てを表す、


人は声を”訓練”や”練習”のために

出すものではない


だから、その人が声のことを

”訓練”・・・いい声を出そう、とか

     .・・・大きい声を出そう、とか

そう思っていると

そういう声が出るだけで

その声はどこにも届かない。


ここでも

何かが当たり前の簡単なことを

何かがおかしくし

ますます混乱させている。


だからといって、

発声練習、その物を否定しているわけではなく

いい発声練習?というのかな

とにかく、

歌でもなんでも

いいトレーニングの仕方があり

P.M.B.では、

それをとても大切に扱う



こうやって書いていると

なんだかだんだんAさんの事が

見えてくる気がする。


Aさんは一見

クールで

言いたいことを言い

自由な雰囲気が似会う


でもAさんは

その見た目とは裏腹に

ものすごくまじめでピュアでやさしい


きっと、どこかでAさんは

そのクールで辛辣なことを思う自分を

全否定するような体験を

外から与えられ、

仲間に入れてもらえなかったんじゃないかな・・・

そしてAさんにとって、

それがAさんの世界観となり

この世界で生き残るには

何か、今の自分じゃないものを

獲得しなければいけない

=努力しなければいけない、って

思い込んでいるんじゃないだろうか・・・

(勝手な私の妄想ですが・・・)



とにかく、

何度もやったり、

違うやり方をしたり、

やっぱり最後は

”もう~~~~”

 作戦で

”いくよ~

 投げるよ~”と

声をほおり投げ、

その後ろに響くのが邪魔、

とか、

その自意識が邪魔、

とか、

いろいろいろやって、

やっと

それ!!というのができ、

皆でやった~~~!!となった。


なったけれど、

次のワークではまたもとにもどてしまい

1回できたら

きっとまたできる、でも何が違うのか

なんでもとにもどったか

自分で考えてね。

と、WSは終わりとなった。


終ってから

Aさんは、まだまだだけど

ちょっとずつ近づいている気がする、といった。


私は、ちょっとずつはない、

できた時はできた、

できない時はできない

それはできた、できない、の話しではなく

”世界”そのものが違ってしまうことなんだ、と

伝わらないだろうな。。。と思いながら話していた。


それは自転車に乗れた時、と一緒で

乗れない時は一生乗れないし

乗れた時には、

どこに行くにも自転車が登場して

その後の人生そのものを変えてしまう。


だからと言って

自転車ごときなら、乗れなくてもいいわ、

という人生もあり、

そこには何の問題もない

問題となる時は

乗りたいのに乗れない時、で

そういう時、人の心は様々な事をし始める。

自転車ってめんどくさいのよね、とか

あぶないでしょ、とか

あたしは自転車に乗るような人間ではなく

リムジンで迎えられるべき選ばれた人なの、とか


単純に乗りたいけど乗れない、ということを

素直に認めればいいだけなのに、

面白いことに

人は”自分”ができない、ということを

なかなか認められない。


そこにはそこで

またまた深い人間のいろんな作業が働いていて

とにかく、それでも乗りたいなら、

乗れるようになるしか解決策はない

Aさんもそこはわかっていて

さまざまTRYするのだけど、

根本的な何かがずれていて

なかなかうまくいかない。



そのズレは何だろうか・・・

Aさんの何が、それを阻むんだろいう・・・

それ、というのは、

音痴ということでもあり、

カラダ事、この世界で生きる、ということだ



とにかく今日わかったことは

何かをやろうとするときのAさんは

やっている自分をみているだけで

今、という瞬間や、この世界をみていない、


つまり、意識の居場所が

今、ここ、この世界と共にある自分、ではなく

ちゃんとできてるかどうか、を確かめている自分

それをやっている自分、というふうに

自分しか見ていないことにある。


そこに気づいた私は

今、Aさんに起こっていることを説明しながら

ちょっと、あそこにをみてみて

何が見える?

というワークに取り掛かった。


その瞬間

ほんの一瞬、

今までみたことのないAさんが現れた

あごをすこしあげ斜め45度、

斜に構え”何?”って感じで

何かをみようとしたAさん


そこを私は見逃さなかった


その表情、しぐさはあっという間に消え

真摯に、真面目にワークびTRYするAさん


”窓が見える”

”どんな窓?”

”光が当たって・・・”

”あそこは?”


そうやっていくと、

しばらくやっていくと

私の中に???がでてきた。


なんとなく一番最初に目に飛び込んでくるものではない感じ


そこで聞いてみた


それを見てどんな感じがするの?


光がいっぱいの場所にいるんだな、って感じがする。


????


掃除はしてあっても

使い古され、きばんだクロスに囲まれた

公民館の一室である。

とても光がいっぱいある、とは思えない。


現実を擦り変えてる

ちゃんと見ていないのでは?

という疑問が私に起こる


”じゃ、さらにそれをひっくり返して

 本当の自分はどう思てるの?”


目がぱちくりのAさんは


そう、そんな技は私には通用しない。

無意識の自分の手の内を見破られて

万事きゅうすのAさん。


頭のいいAさんは、

そうやって全てをすりぬけてきたのだ。


しばらく考えて、小さく

”ここにいたくない感じ”と答えた


”ね”と私は言った


”ここにいたくない”は

その次の言葉で

その前のもっと”ここにいたくない”という

言葉を生み出す何かがあるでしょ。


そこをすっとばして

その次の言葉を選んでいる

自分でわかるでしょう

コンマ一秒、

脳を使ってる・・・

身体についても

同じことが起こってる


だから、

すべてがややこしくなる

自分がわからなくなるんだよ


これはとても大事なことで

今の世界にかけているのも、ここだ。


そう、今のこの世界には

このとってもシンプルな基本が

ごっそり抜け落ちているのだ。

その基本というのは

私流に言えば

人間ってなあに?

ってところで

私って何からできているの?

ってところで

何をもって

私は生きている、って言えるの

ってことだ。


その私の質問に答えられる人はめったにいない。

みんないろいろ言う、

私は言う

それはそうだ、

それもそうだ、

そうともいえる

でも、もっと一番もっと

生きてる、ことと死んでること、を

はっきりと分ける境界線はなあに?


そこをはっきりさせずして

人間は語れない

人間に取り組めない

自分の人生に取り組めない。


一番肝心なことにベールをくるみ

どんな知識をいれ

どんなことを生み出しても

それは帰るところをなくした子どものように

不安と渇望を生む。


だからこそ

私たちに次のものを求めさせ、

次のものを求めても

帰るところがないのだから、

また不安にとりまかれ・・・


そんなふうに

この世界の多くのものが

私たちを迷わし、

次の混乱を生みだしているのが”現代”で

まさしく、Aさんのように

それが身体に

Aさんとは違う形ではあっても

”身体”にあらわれ、

”意識”となり、”言葉”となり

次の人生をつくっていっている。


私はあらゆるところでその事を実感する。



そこで、最初に現れたAさんについて

Aさんに説明し

もう一回、その身体になってもらった


”その身体から、どんな言葉が出てくる?”


私も、その身体になってみた。


そんなふうに、

実は言葉や考えは、

その身体から生まれる。


そんな事思ってなくても

その身体になれば

想いや考えは

その身体についていき、

それ以外の言葉や考えがうかばない


そこを逆手に取ったのが

P.M.B.ワークの根幹にある。


Aさんは言った

”いらない”


私は言った

このカラダからそんな言葉はでてこない

この身体からでてくるのは

”は?”・・・なに言ってんの、の”は?”とか

”やってらんないわ”とかだ


そう、カラダは正直だ。

だから、誰が何と言っても

その身体からそんな言葉は出てこないのだ


この間、そばにいてずっと、

この話を聞いてくれていたTさんにも

”Tさんも、このカラダやってみて。

 どんな言葉がでてくる?”と聞いた

”ばっかじゃない…そう言う言葉が出てくる”とTさん

 
そうだよね、そんな言葉しか出てこないよね

少なくとも”いらない”じゃないよね、と私。


そうして、いつもいつも

そのコンマ一瞬、

Aさんが脳を使い

自分の感じている事、

思っていること、

今、起こっている事

この現実を

自分流に変換していること、

それはものすごく疲れるし

そうしている限り

自分の中からの発想は掴み取れない、

ことを伝えた。


だって、脳がわかっていることは

もうすでにわかっていることで

そこにそぐわない何か

自分の中の”うずき”のようなものが

Aさんを、

私のワークに

またはダンスに

またはAさん自身の活動にむかわせているのに

一度、脳をとおしてしまうと

自分が許す範囲

わかる範囲のものしかでてこない。


何より、

音楽はできない。

コンマ一秒ずれていく


そう、だから、

音楽をする事はとても大事なのです。


そんな話をしながら、

しばらくたって

Aさんがポツといった


”うそつき”って思ってる。

あの身体にあったのは

”うそつき”って言葉だ、って


そこから

幼少期から抱えていた

母親への想い

感じたまましゃべることより

考えて答えることを優先させられた

家庭環境の話をしてくれた。


それは別にAさんだけではない

小さなこどもにおこる

いろんな事のいろんな出来事にひとつ、ではあるけれど

なんてハードな体験なんだ、

と私は思う。し

ほんとにほんとにハードな体験だ。


だから、そこにたたずして

Aさんの何物も始まらない


かしこいAさんは

すぐ理解した


そうだよね

この世界を”うそつき”っておもってるんだもんね

受け入れられないし

そこにいたくなくなるよね・・・とAさん


そばにいたTさんに

つきあってくれてありがとう、って言ったら

”私もおんなじだ、ってわかった

 まるで自分のことを言われているみたいだった”

と、話してくれた。


そしてポツっと、話してくれた

私・・・


それはそれで

強烈な話だった。


そしてTさんの顔から

今迄の明るさはきえ、

とっても大人っぽく

知的で美しくなっていた。



私は私で

あ~そこだったんだな、と思った。


なんでもできてしまうTさん。

自分に対する認識も

考え方も本当によくやってこられた、と

頭が下がるぐらいしっかりしている。


だけど身体的には

先にも書いたように

まだまだ繊細になれる部分を残している

考え方も

このWSの最初に

”欲について自分は肯定している”

というTさんの発言から

確かにそうだけど

もう一歩踏み込んで

”欲”にもいろんな”欲”があり

そこを学ぶことがTさんの助けになる、

というような話しをさせていただいた。


そこでも

”欲”のはてに人間に何が起こったか、

文明がどうなったか、の

”欲”に対する基本的な考えが抜け落ちていながら

”欲”について話せない、

という私の考え方がある。


”なぜ、ことさらそれを自分が望むのか・・・

 やっぱり、そこに立たないと始まらないんだよね

 しんどくても

 自分の人生に起こった事はなかったことにできないし

 自分が本当にそこに向き合ったとき

 それが、神様の恩寵にかわるんだよね。

 その力を人間は持っていて

 それこそが、

 そのことが起こった事の意味で

 それをやるしか

 自分でやるしかないんだよね”と私


この後、私に起こった事、

この後のお客様とのセッションでおこったことは

はまた別の機会にお伝えするとして・・・

大宮WSは終わった。


深い深いWSである。


AさんもTさんも

それこそご自身で

なんとかそれを解決しようと

様々なことを学びTRYしてきた方方だ。


だからこそ、

この問題が個人の話しではなく

社会の構造の話

男性性、

女性性、

これからいきつく世界、愛、性、の話に

つながっていき

また個人の話しに帰っていくのは

すぐわかった。


私とて同じだ。

私とて、ここでは書かないけれど

様々な問題、課題を抱え

そこに取り組んでいる


けれど私のWSは楽しく

(まあ、私がちょう~あほ、なところがあるからもあり

 楽しい事が好き、なこともあり、

 やっぱりその先に何が必要か、も見続けているからね。)

本当の意味で

みんなきれいに本当にきれいになっていく



そんな中、私自身もおもうところあり、

これからの大宮WSは

”今、私に起こっている事、起こった事”

というテーマで

本当の意味の女性性にたどりつくことにむけ

開催していこうと思う。


まさしく私自身のテーマもそこにあり

身体的には

けっきょくすべて、

身体のラインは会陰に流れ

会陰をつくりだしていることが

わかってきてしまった。


その柔らかいところが

喜びに満ち溢れ

健康健全に扱い、扱われることでしか

新しい世界は生み出せない。

「アフリカの大地」の画像検索結果



興味のある方は


ぜひ、大宮WSにご参加ください。

月1で開催していく予定です。


また、大宮以外でも

開催ご希望の方は承ります


どうぞメッセージを・・・・


長文読んで下さって

ありがとうございます


PHYSICALはMENTALを作りMENTALがPHYSICALを作る。 


この世界の全てのものは身体から生まれ、

 あなたの身体の中に答えがある。

 あなたが本当に変わりたいなら ”基礎ポジション”を変えるのです。


 ”PHYSICAL METHOD FOR BEING"


 お問い合わせ yumiko@physicalmethod.com

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